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CACOPHONY

作詞:Kozi作曲:Kozi お気に入り度:★★★★

歌詞

I′m the pronoun of the nonsense.
Yes, as yes you say. Therefore, it′s all right.
However, when it is considerate,
-a discord doesn′t stop ringing.
I′m up to my ass in trouble because of you.

I′m the pronoun of the buffoonery.
Whatever you say. Even one thinks so.
However, patience is a limit
-If it looks down on it there, too.
There is no vacant seat with a discord in the head now.

Squeal scream! Shriek scream!
Freaky squeal!... Stab me up!
See no evil, hear no evil, speak no evil.
Evilminded. You′re telling me ・・・.but!

Who in hell do you think you are ?
I′m mad, mad! Get out my face.
What the hell do you mean?
I′m telling you for the last time.

As for me, devote yourself in the days {the nonsense}.
Because things don′t go according to reason.
However, it does like this,
-and it′s thanks to you that it can
-wander in the present as well
{the inside of the whirlpool of chaos}

ギターメインのハードロック

ギターでジャカジャカやる系のハードロックテイストな曲です。Köziは、元MALICE MIZERのメンバーの中では、比較的ロックが似合いそうなキャラですが、MALICE MIZER時代のKöziの曲でここまでロックしている作品は意外と少ないかもしれません。Köziのソロ時代の作品には、ハードロック系の作品がいくつかみられますが、起点はこの作品からかなと思っています。

不安定な精神状態を表現

歌詞の全文が英語で構成されているため、あまり意味まで理解して聞いている方は少ないのではないかと思います。私もここに感想をまとめるまであまり歌詞の内容に深入りしていませんでした。

″cacophony″は「不協和音」という意味ですが、MALICE MIZER時代に起きたGacktの脱退劇をひきずった、未だ整理のつかない自身の精神状態を表現しているように思えます。

それは、″nonsense″や″bufoonery″など、自暴自棄的・自嘲的な単語によって表現に表れています。(″bufoonery″とか、とてもマイナーな単語ですが、こういう単語を選んでくるところがKöziらしいなとも思えます。)

怒気すら感じる価値観の否定

特に終盤に差し掛かるに従い、内容はエスカレートしていき、怒りの念すら感じさせる凄みを見せていきます。例えば、

″As for me, devote yourself in the days {the nonsence}″→「私はといえば、無意味なことに日々こだわっている」

″Because things don't go according to reason.″→「理屈通りにはいかないから」

というようなくだりには、脱退後にソロ活動を成功させたGacktに対する怒りの念が見え隠れするように感じられます。彼からすれば、裏切り者のGacktが自分たちより成功するなんてありえない。そんなことが許されていいのか、という気持ちがあったろうと思います。

そして、なげやりに・・・、自分の過去や現在の全ての行いを無価値とかなぐり捨てる、鬱屈とした怒気が吐露されています。

Köziの新たなモチーフの胎動

ソロ時代のKöziの作品の中で、全てを英語の歌詞としたのは、(アレンジ版の″MEMENTO″を除けば)この作品だけです。新たなスタートを切るタイミングで、日本人の視聴者に理解されにくい英語の歌をリリースするのは得策とはいえません。

なぜそのようなことをしたのか。

私は、あまりにネガティブな表現すぎて、日本語では聞くに堪えなかったためではないかと考えてます。しかし、この作品のモチーフはその後の作品に引き継がれ、ソロ時代のKöziを理解する上で重要なものになっていきます。

言葉も徐々に追いつくようになったのか、その後の作品では類似のモチーフが日本語で歌われるようになります(″Loki n' Roll″や″Babylo″などがこれにあたると思います)。本作品は極めてネガティブなものですが、同じモチーフをポジティブに表現した作品も実はかなりあり、なかなか興味深く、MALICE MIZER後のKöziの新たな魅力となっていると思います。